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福岡地方裁判所 昭和33年(む)804号 決定

主文

原裁決を取消す。

理由

本件準抗告申立の趣旨並びに理由は別紙申立書及び申立理由補充書記載のとおりである。

しかして一件記録に徴すれば、申立人は被疑者前田秀隆に対する地方公務員法違反被疑事件(同法第三十七条第一項、第六十一条第四号)の別紙犯罪事実について刑事訴訟法第二百二十三条第一項による取調べのため所轄警察署及び福岡地方検察庁に出頭を求められたが、これを拒否したので、昭和三十三年七月二十一日福岡地方検察庁検察官田原迫卓視より当庁裁判官宛刑事訴訟法第二百二十六条に基く証人尋問の請求がなされたこと、これに基いて、同月二十四日当庁裁判官は別紙尋問事項につき申立人を証人として尋問したが右尋問に際し申立人は終始証言を拒否し、その理由として自己が刑事訴追を受ける虞がある旨申述べたこと、そのため、右裁判官は同月二十九日「証人の勤務せる学校名、昭和三十三年五月一日以前年次休暇をとつたか否か、証人が福岡県教職員組合の分会長であるか否かの点その他これに対する証言を拒絶するにつき何等正当の理由が認められない事項の尋問に対し、証言を拒絶したこと」を理由として、申立人を過料五千円に処する旨の裁判をなしたことが明かである。

ところで刑事訴訟法第百四十六条に所謂「自己が刑事訴追を受ける虞のある証言」とは、その証言内容自体から自己が刑事訴追を受ける虞(自己負罪の虞)のある場合換言すればその証言が自己が刑事訴追を受ける虞のある犯罪構成要件事実、若しくはこれを推測させるに至る密接な関連事項に及ぶ場合を指すものと解すべきところ、本件について、これをみれば、前記被疑者に関する地方公務員法違反被疑事件についての別紙犯罪事実の内容及び検察官の申立人に対する証人尋問請求の事由を考え合せると申立人が右被疑事件について前記被疑者と共犯的立場に立たされる虞(蓋然性)がないとはいえず、この事実を基礎として、申立人にさきに説示した自己負罪の虞があるか否かの観点から、別紙尋問事項を仔細に検討すれば、右尋問事項はその大部分が自己負罪の虞あることを理由に証言拒否の許される事項といい得るのであつて、ただ僅かに右尋問事項(一)証人の身分のうち組合関係を除いた事項についてのみ前記事由を理由として証言を拒否することが許されないものといえるに過ぎない。しかるところ申立人に対する証人尋問調書に徴すれば、申立人は前記のように終始証言を拒否し、右(一)の身分に関連する事項として、その勤務する学校名についての証言をも拒否していることが明らかであるから、前段説示したところに照らし、右事項に関する限りにおいては、申立人の証言は正当性を欠くものといわねばならない。

しかしながら別紙犯罪事実並びに各尋問事項に徴し、右学校名に関する事項のもつ前掲被疑事件との関連性の程度、これを他の尋問事項と比較した場合の比重及びその重要度を比較考慮すれば、それらの度合は他の尋問事項に比してきわめて低いことが認められるのであつて、その程度における証言拒否に対しては必ずしも処罰の要なきものと解するを相当とする。

そうだとすれば右と見解を異にする原裁判は取消を免れず、本件準抗告の申立は理由がある。

よつて申立人その余の主張についての判断を省略し、刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条第二項に則り主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川井立夫 裁判官 村上悦雄 麻上正信)

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